いまの子は海外児童文学を読まなくなってるの?
朝から少し荒れてましたね。
基本的な日本語が辿々しくて論理展開が滅茶苦茶なのを頭の中で整理しながら読まないといけないので大変。
昔は『赤毛のアン』や『若草物語』『あしながおじさん』から、『ふたりのロッテ』『エーミールと探偵たち』『長くつ下のピッピ』『トム・ソーヤーの冒険』『ドリトル先生』シリーズ、『ファーブル昆虫記』『シートン動物記』、さらにはアガサ・クリスティーやエラリー・クイーン、エドガー・アランポー、コナン・ドイルなどの推理ものに至るまで、「読書の入り口」が海外文学だったという人は多いと思う。
本当に? 語尾が「思う」で断定してるわけではないので、この人はそうだったんだな程度に受け取っておきましょう。
でも、今、子どもに本を買うために書店に行くと、かろうじて『赤毛のアン』がある程度で、自分が親しんだような本はあまりない。
そうかな? 上で挙げられたような本は今でも書店の児童コーナー行けば現役で並んでる気がするんですけど。書店の担当者によるんじゃないでしょうか。
実際、小学生のわが子の友達などにも、海外文学を読む子はほとんどいないと聞くし、出版関係者も「海外文学は子どもに全然読まれない」という話をしていた。
いったいなぜなのか。ある編集者は言う。
「かつては海外への憧れが強く、海外の文化を吸収・模倣していましたが、海外が身近になって、憧れる存在ではなくなっているということはあるのでは?」
自分の身の回り半径数メートル規模の聞き取りだけですよね。これ。ある編集者は言う、と、ここで編集者が登場して「児童文学が売れなくなったのは海外への憧れが薄れたから」と語るんですが、貴様どこの誰だ名を名乗れ。
報道ステーションに登場する「政府与党関係者」や「○○氏の側近」レベルに怪しいですよ。週刊誌の「関係者談」と同じです。
Twitterでは朝から主に出版関係者を中心として「この記事は酷い」で盛り上がってました。
でも、近年は旅行・留学などで海外に行く若者がずいぶん減っていると聞く。自分の身近なものにしか興味がなくなっているということもあるのだろうか。
などと意味不明な供述を繰り返しており。
この方は最初から「昔は海外児童文学を読む子が多かった。しかし今は違う」を前提に話してるんですが、その根拠となる事実は何ひとつ示されてないのにお気づきでしょうか。筆者が行ったのは小学生の子供に海外児童文学を読んでる子がいるか訊いたこと、実在するか分からない編集者のインタビューをはめ込んだことだけです。それと子供に訊くときも、例えば最近は学校でどんな本が読まれてるのと尋ねるか、上で挙げたような作品名を出して尋ねるかでも変わってきます。「自分が親しんだような本はあまりない」と書いたり、自分が子供のころ読んだ古典だけを海外児童文学として取り上げたりしてますが、今だって翻訳物の児童文学は次々に新刊が出てます。『ハリー・ポッター』や『ダレン・シャン』は、この方の中では海外児童文学の範疇に含まれてないんでしょうか。
私が子供のころ海外児童文学はこれくらい売れていて、今はこのくらいしか売れてないとする説明は一切なし。国産も含めた児童文学全体ではどうなんだって視点もなし。あと図書館の存在はガン無視ですか?
一番分からないのはここ。
「海外児童文学は日本に移行しなかったという面はあると思います。本好きの女の子はみんなかつて『若草物語』とか『赤毛のアン』とかを読んでから、後に日本文学に移行しましたよね。それは、日本文学はやはり男性を描いたものがほとんどで、女性を描くものがあまりなかったからだと思うんです。でも、そのかわりに海外児童文学を受け継いだのが、『少女マンガ』だったのだと思います」
海外児童文学は日本に移行しなかったという面はあると思います。本好きの女の子はみんなかつて『若草物語』とか『赤毛のアン』とかを読んでから、後に日本文学に移行しましたよね
短い中に「移行」という言葉が2回出てくるんですけども、この「移行」が何を意味するのかいまいち分からない。
“それは、日本文学はやはり男性を描いたものがほとんどで、女性を描くものがあまりなかったからだと思うんです。でも、そのかわりに海外児童文学を受け継いだのが、『少女マンガ』だったのだと思います”
ここが何度読んでも分からない。それは、で前の文と後に続く文が繋がってるように思えないし、そのかわりに海外児童文学を受け継いだのが『少女マンガ』だったのだと思いますも何のこっちゃか分からない。
二つの「移行」を軸に海外児童文学が日本文学ではなく少女マンガへ流れているという主張を組み立て直すと、
かつて少女たちは『若草物語』や『赤毛のアン』といった異国の物語で育った。日本文学には男性中心の話が多く、海外児童文学の流れを汲んだ(日本への移行)女の子の作品が無かったためである。少女たちは『若草物語』や『赤毛のアン』で自分と歳が近い女の子の物語に触れ、成長するに従って日本文学にも手を伸ばしていった(移行)。日本文学が受け取り損なった海外児童文学的なものを積極的に吸収し、『若草物語』や『赤毛のアン』に代わる存在となったのが少女マンガである。
こういうこと?
元の文が訳分からんのでツッコミ入れながら混乱してきた。
劣化斉藤美奈子と言うにも酷いな。
でも、今は、岩波書店が昔の挿画を残している程度で、他社からはメジャーな海外児童文学作品のみが、いまどきのマンガ・イラストなどの表紙で出版されていたりする。
子どもが手をとりやすいように……という意図はあるだろうけれど、本来「児童文学」だったはずのものをわざわざ「子ども向け」に装丁替えなどして読ませようというのも、なんだか寂しい変化ではある。
児童文学って子供向けじゃないの?
素晴らしい海外児童文学の数々に触れ、子供ながらに訳がどうたら言う生意気な子供でしたデャフフフフって自慢げに語る人が、大人になってこの程度しか書けないというのは、本なんぞ読んだところで文章を組み立てる力にはならないと示唆してるようで、面白くはあります。

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